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日志


12月27日

2005年を振り返る(1月~4月)~リベンジを果たした就職活動~

 まもなく閉じようとしている2005年。みなさんはどうでしたか?様々な出来事があったと思います。
私の2005年を振り返ってみることにします。まずは1月~4月分です。
 
 
 大学3年の冬。就職活動が本格的に始動し始める時期でもある。私にとっては大学受験失敗のリベンジを果たすフィールドであった。何が何でも大学受験の失敗のリベンジする!!大学受験失敗のリベンジの達成とは自分を安売りせずに内定を取ること!であった。レジのバイトを続け、ゴルフ部でレギュラー(一応ですが。。)。資格では、運転免許の他、日商簿記2級、日商文書処理2級を取り準備万端!!だから、正直自信があった。「偏差値が低い大学でも、アピールできる!!」と。。
 
 
 最初の就職試験(筆記)は去年のイブ。その結果が、1月中旬に選考結果が届く。「不採用。」従業員20人の中小企業なのに、面接にもいけず。。。(泣)意識の甘さを痛感する。そう。筆記試験が無対策だったのだ。。これに苦しめられることになり、最初の面接は3月上旬まで進めなかった。つまり、そこまでは、筆記で落ちてました。(筆記は最後まで苦手でしたが。。)面接ならそこそこ自信あったけど、面接にすらいけない。。唯一もっと準備しとけばよかったなーと思ったは、筆記の勉強ですね。
 
 3月になってやっと初めて面接にいけた。初の面接はコンサル会社だった。自分は「他人を助けるのが長所!」とアピールした。しかし、質問を突っ込まれると答えられない。具体性に欠けてた。その長所をどう会社のために役立てるのか?考えが浅かった。結果はいうまでもない。
 
 実は並行してコンサルを中心としながらも、バイトでやってたスーパー、そして、資格の勉強をしてた関係で資格学校も受けていた。この2つの業種は筆記を通過することができ、面接が進んでいた。アピール方法を変えてみた。「資格の勉強をして、簿記2級と文書処理技能2級を取りました。そして、その費用を稼ぐために、スーパーでレジのバイトしております。レジのバイトでは、お客様に褒められた時、ありがとうございますと心から笑顔でいえる瞬間が一番のやりがいです。」とこんな感じに。最初の「人を助けたい!」から結構具体的になったでしょ!!
 
 この時期(3月中旬くらい)、正直思った。コンサルいって経理関係の仕事が自分に合ってるのか?と。確かに計算は得意だ。だけど、私は、接客販売業の方が向いてるのではないか?と。結果もやはり、そうなってきていた。コンサルは面接に行く会社も出てきたが、相変わらず不採用。だけど、スーパーと資格学校は選考が進む。。
 
4月。このとき、ここが受かれば就職活動終わり!と思える会社が3社あった。1つは内定先となった食品スーパー。もう1つは小田急電鉄とその経理会社の計3社。ここに入りたいと強く思ったのだった。資格学校もすごい魅力的だ。ここの選考には特に力を入れた。
 
で、3社の中で食品スーパーから内定を勝ち取る。スーパーの最終は結構しびれましたね。そして、残りの2社は最終面接の前で落選しました。魅力的だと思ってた資格学校も内定。その他に1社内定を取ることが出来た。
 
 実はあまり、実感なかったんですよね。でも、実際、私の大学の周りで、リクナビ経由で内定取った人ってほとんどいないんです。だって、有名大学の出身者とかが使うものですし、リクナビ掲載の企業って優良企業ばっかじゃん!!だから、私のような偏差値40の大学が、リクナビから内定取れたのって結構すごいことらしいんです。実際偏差値の壁はあると思います。今でも。だって逆に面接官の立場なら「東大生」と「地方の私立大生」どっちを採用しますか?といわれたら普通は東大生ですよね。だから、偏差値の壁って私はあると思います。
 
で、当初から気に入ってたスーパーに就職を決めるのに迷いはなかった。資格学校はワンマン社長だということ、勤続年数が4年程度と短いこと、ボーナスが年1ヶ月しか出ないことから、男にはきつい条件だったから断ることにしました。
 
 このスーパーならたとえ私に歯が合わなくて辞めたとしても就職しちゃったという後悔はない。と強く思えた。リベンジは十分果たせた!と感じることが出来た。2005年4月28日。ゴールデンウイークに入る直前だった。
 
 とにかく前半は就職活動でした。偏差値の低い大学というトラウマを感じてた私ですが、納得できる活動が出来ました。長文になりましたが、これから活動する人に少しでも参考になるものがあればと思い、記述しました。後半に続く。←まだあるのかい!?
9月4日

資格というステータス

 「資格」で人生が変わる。そう思ってました。いや、今でも思ってるかもしれない。。何で、そう思ってるか。それは、ゼミの先生が資格取得推奨に熱心だったからだ。ゼミの先生は「簿記2級までは取れ」と口をすっぱくする。現に毎年、サブゼミをするくらいですから。私も残って、勉強しました。その効果、うちのゼミでは、簿記2級保持者が5割。(←私は2級です。)簿記3級をあわせると7割近くに達する。これはすごいと思います。私を含め、税理士、会計士を目指すものも4人いる。当然うちのゼミは大学で1番人気です。毎年倍率は2倍以上です。。まあ、簿記2級までは勉強すれば誰でもいけますが。ただ、最近難化傾向です。。一方、日商簿記1級は世界が変わります。税理士簿記論以上の難しさといわれています。
 
 今はかなりの資格ブーム。特に英語のTOEIC、日商簿記(特に3,2級)はかなりの人気で、年間10万人以上が合格をめざして勉強している。さらに、MOUSなど、パソコン系の資格も大人気だ。
 私は、大学受験で悔しい思いをしました。浪人時代に2校が補欠になったが、、両校とも結果的に不合格になった。私は、2浪はせず、2月末にあわてて願書を出した大学を受けた。それが今通ってる大学である。一応、大学に入学して、新たな土俵「就職活動」をターゲットに準備を進めた。リベンジを誓って。その手段が、今でも続けている資格挑戦である。
 人気で、しかも実用性のある3大資格が「英語」「パソコン」「会計」系の資格である。私は英語は苦手だと分かってたので、知らないとまずいパソコンと、得意の会計分野の資格を目指すことにした。
 結果は日商簿記2級、日商文書処理技能2級を取った。大学1,2年はパソコンスクールに通い、2年の夏から免許を取りに行って、2年の春休みから今でも、専門学校に通う。バイトも1年夏から、先週までやった。就職活動も内定が出た会社では、簿記の資格が効いた。パソコンの資格についてはやはりブラインドタッチぐらいは当たり前かな。でも、2次面接にいけた会社もあったかな。
 とまぁ、順風満帆に見える。でも、ここに来て資格を受ける動機が不順かもしれないと考え始めている。内定を取った私。内定先で取得を推奨する簿記3級はすでに取得済。今やってる会計士が本当に自分にとって必要なのか。資格に対して、私は何を求めてるのかを考える必要がある。資格というステータスのみにこだわりすぎて自分が見失う可能性がある。
 続きは完全に心の心理のカテゴリになるので、パート2(理想と現実のギャップ)を5日にアップします。
8月19日

22歳を振り返る。後編ーリベンジに燃えた22歳ー

深夜にアップした22歳を振り返るシリーズの後編です。

 22歳にして、初デートの直後、12月6日就職活動がスタートした。これは私にとっての最大のリベンジチャンスだった。大学受験失敗の汚名返上しよう!って。6日はまず合同説明会に出たのが最初。12月24日。初の就職試験。作文を出来る限り頑張って。手ごたえあった。でも、筆記で落選。就職活動の厳しさを知った。 当時は経理職1本にしようと考えてたが、自分の可能性にかけて、スーパー、資格学校、鉄道会社もまわることにした。

 色々見つめ直して、1月24日より、また会社説明会に参加を再開。実は、1月24日に参加した会社の志望先が就職先となる。その後、就職活動を成功するための講座にも参加。このセミナーで知り合った仲間とは今でも飲み会を開いている。みんな超有名企業に内定が決まってる。セミナーの仲間は本当に頑張ってて尊敬できる人ばかりである。そんな仲間と掲示板などで励ましあい、バイト先からも応援を頂きながら、12月24日の会社説明会以後、計29社の説明会に参加。そのうち22社程度は選考に参加。絶対リベンジするんだという気持ちでモチベーションはすごい高い時。でも、結果は落選が続く。選考受けた22社のうち17社が落選。残るは5社。でも、3社が最終面接に進んだ。幸い、ぜひ行きたい会社が1社残った。「絶対内定取る。」ここまでしびれた面接はなかった。でも、「ぜひ、私を取ってください」と最終面接でいった。そして、4月27日内定獲得。その後、もう1つ行きたい会社だった小田急電鉄の総合職、経理職は面接で落選。就職活動を終える。内定直後は実感はない。でも、最近内定先のスーパーに行ったら実感がわいてきた。「よく頑張ったな」って自分で自分を久しぶり褒めることが出来た。

 その後、ゴールデンウイークからひたすらバイトの生活。。安心したのか、この頃から悩み始める。「このままだらだらバイトしてていいのか?」って。そう。バイトしてる目的がなくなったのだ。資格取得費用はもう出ない。恋愛?この時期はもう社員さんを誘おうと思わなかった。そう。新しいことに挑戦したいと芽生えたのだ。その新しい挑戦が、まずこのブログを始めた。日記を書くと自分の特性が見抜けると思った。コメントいただける読者の力も借りながら。また、挫折した簿記Ⅰ級をもう1度めざしたい。そして会計士をとりたい。と思い始めた。

 そして、7月7日にバイト先に「8月で退職します」と告げる。予想以上に波紋を広げた。引きとめは今でもあるくらい。そう、レジ人員不足が深刻なんだ。でも、今回はNO!を突き通す。そう、NO!を言う勇気。これが私には必要だから。1つ成長するきっかけをこのブログの読者から頂きました。ありがとうございます。あと、21日と28日の2回の出勤で退職します。

 ちなみに社員さんは今年、新たな男とデートしたようだ。でも、進展はあまりないようだ。彼女自身時間がないのは相変わらずで、彼女の顔はさえない。バイト先、人足りないということもあるし。彼女もメールで会社辞めたいっていってた。。でも、親が許さないらしい。要は自分次第だと思うがその辺はあまり突っ込めない。頑張るしかないかな。

 明日、23歳のスタート。明日の誕生日は専門学校の授業である。。22歳はの恋愛とリベンジ。23歳は新しい挑戦。会計士試験と社会人。もう1歩自分自身が成長するために歩み続けます。

22歳を振り返る。前編ー恋した22歳ー

 私、8月20日が誕生日なのでまもなく23歳になります。22歳の自分がまもなく終わろうとしてます。
 みなさん22歳のときってどうでしたか?それともどうですか?やっぱり恋愛かな?それとも、資格の勉強?まぁ、22歳ってこういう時期ですよね。私の場合は恋愛はあまりしてませんが、私は未経験なことをたくさんしました。大学4年生か社会人かという年齢。そろそろ結婚とかしだしている人も居ますよね。結婚生活して、子供を連れ歩いてる友達を見るとうらやましくなります。うーん、恋はいつ来るのだろか。。それはそれとして、これまでの私の22歳を振り返ってみました
 去年の誕生日。実は飲み会してたんだな。偶然にも。元中のヤツと楽しんでたな。実はそこでどうやって、告白すればいいのか?って結構悩んでたんだ。。去年の誕生日。初のFace to Faceで告る直前だったんだ。
 2004年9月4日。バイト先の女の子にプリンスホテルのバイキングに連れて行った。告るために。まぁ、やっぱドキドキでした。やっぱ、上がっちゃうんだな。。異性の携帯番号もらったのって初めてだったんで。そこで、メールの顔文字の多さにカルチャーショック!うわ、恋愛しらねぇーなぁ。。結果はもうお分かりですね。まぁ、その当日も簿記Ⅰ級の講座に行きましたんで。そう、伝えたいこと言ってよかった。という感じでした。翌日のバイトでも顔会わせてたし。
 でも、2日後、社員に愚痴ったら、いきなり、すごーく詳しく聞かれたっけ。実は社員さんも振られた直後だととか。彼女の誕生日に慰めに花束あげたりしたなぁ。好きだって思ったこともありました。
 そんな時に11月21日の簿記検定。前日に社員さんの応援メール頂いた。こんなにもうれしい気持ちになったのは初めてだったな。おかげさまで簿記2級は91点の高得点で合格。1級は40点で不合格だったけど、模擬試験18点に比べれば進歩。力になるんですね。
  12月4日には人生初となるデートもしました。。。が、彼女とはいまいち合わなかった。デートして疲労感だけしかなかったからな。彼女がわがままっちゅうか、門限が厳しすぎ。22歳なのに門限、門限が先行して。さらに彼女は親に仕事と偽るから、デートの途中でも会社に電話してたし、また、偽ってるから、何かあったら俺の責任だって思っちゃって。その疲れからか、カラオケ屋で、ささいなことで店員に私が切れそうになって。珍しく不機嫌な私を彼女に見せることに。そんな時、彼女が私に謝った。そんな、君のせいじゃないよ。って言ったけど。かなり、気にしてた。彼女は本当にかわいそうだ。縛られてるって感じで。
 そうなんです。22歳前半は恋愛の年でした!!実ってないけど。でも、貴重な経験ですね。今となれば。 後半はリベンジに燃えた22歳です。近日書きます。